大学院生の徒然日記5
こんにちは。
今日は感じたことを率直に書いていきたいと思います。
教育学部では教師を育てます。
もちろん,なるべく優秀な教師をです。
実際にどうかは分かりませんが,優秀で子どもが将来幸せになれるように
力を付けてくれる教師を育てようとしています。
授業を作るときにも「この授業をして子どもは何が出来るようになったのか」
「どのような変化が生まれたのか」「何を学んだのか」
そんなことを日常的に問われるのが,教育実習です。
非常に辛い日々の中に心が折れてしまう学生もいます。
様々なことがある中でも教師になりたいと思える学生がいることは
大変すばらしいことだと思います。
しかしながら,こういった考え方をし,一歩間違えると
「自分は子どもたちに何かしてあげなければならない」
「授業をする上で教師は何か子どもたちに与えなければならない」
こんな風に考えてしまいます。
一つの公開講座,一つのワークショップとってもこのように真剣に考えます。
真剣に考えるのはいいことです。
しかしながら1時間の授業で,ましてやワークショップで
子どもに何か伝えきれるなんてできるわけがないんです。
そんなこと私たちができるなら,学校の先生たちは苦労しないし
学生たちだって悩みません。
自分が「なにかできる」とそう思ってしまうことが非常に傲慢ではないか
ついそんなことを思ってしまいます。
決して悪いことをしているわけではないので,指摘しませんが
自分の中にはモヤモヤしたものでいっぱいになってしまいます。
もっと自分ができることを知り,無力感を知り,努力していくような人が
教師になるべきだと強く感じました。